哀愁漂うレスポール修理
翌朝、もはやおれはそわそわして早く起きることはなく、むしろいつもより深い眠りからさめるのが遅れた。
いわゆる朝寝坊ってやつだ。
急いで漢の戦闘服(作業着)に身を包み毎朝のルーティーンを所々端折って犬の散歩に出かけたが、
やはり寝坊した以外はおれの心は完全に落ち着いていた。
その後も昨日できなかった仕事を淡々とこなし、時折ヤフオクに出品中の入札具合をチェックする。
まずは入札者がいるだけで最低限の利益は確保できていたから、心の余裕もあった。
そんな普段通りの昼下がり、ふいに牧羊犬が何かに反応した。
無駄にポメラニアンとミニピンも吠え始めた。
かすかに遠くから接近してくる単車の排気音が耳元をかすめた。
普通の単車じゃない、赤いやつだ!
ついにその瞬間が訪れたのだ、鮮やかなジャパンポスト レッドに染められたスーパーカブが、我が家の前で実にスムーズに停車し、スタンドが勢いよくアスファルトをえぐる。
郵便局員がブツを片手に敷地内に侵入してくる姿を見た次の瞬間、おれはくたびれたナイキのサンダルを履き玄関のドアを全開放した。
おれははやる気持ちをおさえゆっくりと赤いヴォックスからブツを取り出した郵便局員に死角からしのび寄る。
ゆうパケット便はポスト投函が基本だが、偶然通りがかった風に気配を消した住人が直接受け取りにきたので郵便局員は若干困惑した表情を浮かべたが、すぐに平静を取り戻し、手渡しでブツを受け取った。
おれは郵便局員にねぎらいの言葉をかけ、さりげなさを装ったが、すこし口角があがていたかもしれない。
とにかくおれは、ゆっくりと、そして確実に仕事部屋へもどると、
決して待ちわびていた素振りなど見せず、すぐに開封などせずにブツを無造作に机の上に放り投げ、それまでの仕事を続けた。
しばらく仕事に集中し、数時間が経過しようやく日も傾き始めた頃、やっと仕事も一区切りついた。
いよいよおれはブツをラボに移動させ開封する、いわゆる開封の議を執り行った。
数日待ちわびた金属製の電子パーツがビニールの子袋に入った状態で遂にその姿を晒した。
これだ、これを待っていた。
早速作業台にブツを運び、異常のあったトグルスイッチと見比べてみる。
サイズも仕様も間違いはなかった、機能美すら感じるそのルックスは男心をくすぐる。
もし故障の原因がこいつでなかったら、一瞬そんな不安に襲われたが、そんなことは後から考えればいい。
今は目の前にあるブツをレスポールにハンダ付けすることに集中する。
この作業で手を抜くと、粗悪な海外製品と同等に成り下がる。
おれはハンダが設定温度に達したことを確認し、交換作業に入った。
実際の作業は5分程度だっただろうか、おれには2時間にも3時間にも感じるほどに集中していた。
手術は無事成功。
ほっと一息つきながら、Jinsで特注した老眼鏡を専用のケースにしまい額から噴き出た汗をぬぐった。
無事にハンダ付けも終わり、ボディに固定する前にアンプに繋いでテストしてみると、
心底待ちわびたあのサウンドが見事なまでに蘇る、おれは今日この瞬間の為に生きていた。
この艶やかで硬すぎない太く甘いサウンドが鼓膜を揺さぶり、アドレナリンがあふれ出すのを感じた。
おれは一瞬意識を失いかけた次の瞬間、言い表せない優しい幸福感に包まれた。
闇に沈んだおれの心が、再び光に満ち溢れた。
ややオーバーな表現にも見えるがまったく問題はない。
トグルスイッチを本体に固定し、ついでに買ったピックガードも交換し作業を終えると、改めてアンプにつなぎ最終チェックにはいる。
まずはフロント、相変わらずの聞きなれたサウンドがアンプから聞こえてきた。
いよいよハーフを通り越しいっきにリアにスイッチを入れる。
愛用のピックでパワーコードを弾くと、待ち焦がれたレスポールサウンドがラボ内に鳴り響く。
一筋の涙が頬を伝いこぼれ落ちるのを感じた。
今夜はこいつと過ごそう、どれだけお前が重くても構わない、心ゆくまで抱いてやる。
もはや頭がイカれちまったかもしれない、
「期待しないでまってるぜ」レスポールがそう呟いたように聴こえた気がした。
しかし試奏とはいえ、酷い腕だ。
とてもこいつに相応しいとは思えないが、そんなことはどうでもいい。
ひとまずラボを後にしたおれは、初心者のためのyoutubeチャンネルを検索していた。
おわり